2004年秋。

環境はADV~PCG。
初めての私営大会、こだわりジムに参加。
掲示板で交流がある訳でもなく、
単にHPで参加者募集してたし近いから行ってみよーという軽いノリ。

ってあれー? 参加者が私しかいない? 他ジム員?
……これ、私が来てよかったのか?

頭が真っ白になりつつ、コミュ障っぷりを余すことなく発揮。
CHANGさん、こだわりジムの面々にお会いしたのはこの頃。

以後CHANGさんの主催する大規模私営イベント、P:CONにも
参加することなく特別繋がりがあった訳ではないですが、
数年後常連となるおもちゃのふるやでよく顔を合わせることもあって、
ちょくちょく気にかけてもらってました。

お洒落でかっこいい、それでいてポケモンカードを沢山持っていて
それを全力で楽しむ彼らの姿は私にとっての憧れでした。

2005年春。
新聞配達の収入も安定し購入できるカードの数も増え、
PCG1伝説の飛翔を初めて箱買いする。
この頃はイベント会場での知らない人同士のトレードも盛んで、
バインダーを見せ合いながらの交流がそれなりに楽しかった。
話すことが苦手な自分でも、
共通の話題があるポケモンカードは自分にとって安らぎの時間。

この小学校高学年~中学2年までの時期は精神的にも肉体的にも
結構きつい時期だったので、ポケカが無かったらどうなっていたかことか。

ただまぁ、何度かシャークにあいかけたし
カードと関係ない声掛けにも遭ったので、とりあえずKAIさんの周辺に引っ付いてることに。
治安は今よりも悪かったイメージがあるのですが、
親子プレイヤーが今よりも少なかったからかなぁ。

この頃、石島さんと初対面。
KAIさんを通じて、徐々にマウントフジジム(MFG)関東支部の面々に認知されるように(多分)。
総帥のカゲロウナイトさんに薔薇を渡されたのもこの頃。
(※誰にでもやってるらしいので正常です)
正直ほとんど一瞬しか会っていないのに強烈な印象に残りすぎて忘れられません。

肝心の対戦の方はというと、
一応公式大会には出るけれど勝ちには行かないプレイヤーでした。
環境もメタも何も知らずに、ただのほほんとキャラゲーとして遊んでいました。



ところで、当時は店舗大会などが数少なく、
交流はほとんどMSNかインターネットの掲示板、
イベントは春夏秋の公式大会のみといった感じでした。

対戦ツールはポケモンカードの場の状態を多少メモに残すことが出来るタイプのチャット。
ビデオカメラでの通話が一般的でなく、文字でのやり取りだったので相当時間がかかりました。
当然、インターネットのスピードも今よりずっと遅く。
環境的にワンキルや大ダメージが発生しにくかったのもあって、
1対戦1時間くらいかかっていたと思います。

この過程で、私はタイピングが劇的に速くなりました。
元々小学生の頃から既にタッチタイピングは出来ていたのですが、
スピードアップに貢献したのは確実にこのチャットシステムだと思います。

5年後くらいにwisdomというオンラインで対戦出来るシステムが主流になったのですが、
卓を立てられるホストが限られており、
公式戦以外の対人戦はずっとチャットで行っていました。
それでも、一人回しが気軽にできるツールとして長いこと重宝しました。



気が向いたら続きます。

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